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渡辺和子  の名言・格言

  ノートルダム清心学園学長・シスター


「自分と仲良く生きる」といい。
好きな自分と四六時中一緒にいる人は、自然と笑顔が多くなり、
言葉から刺がなくなり、相手の言葉をふんわりと
受け止めることができるようになるから不思議です。


「自分らしく」ということの中には、特に努力せずとも、自分が生かせて生きられる時間もありますけれども、時には自分で必死になって自分を輝かせて、生かしていかなければいけない時もあるのです。


愛するということは生半可なことではなく、愛し続けることなのです。
線香花火みたいにパッパッパッと光ってしょぼんと落ちてしまう愛は、愛の名にふさわしくないと思います。
愛は持続するものでなければならない。愛は愛し続けることを要求します。

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安定性は孤独に耐える強さを必要とします。
そして孤独に耐えられる最良の道は「大好きな自分、愛する自分」と絶えずともにいることなのです。


一生涯の間、何も波風がないと思ったら、大間違いです。長い間には、いろいろ迷いもあれば、失望もあり、疑いに苦しむ日もあるでしょう。
それらが「ない」ことが大切なのではなくて、それらを「乗り切る」ことが大切なのです。


一生の終わりに「残る時間」、無駄に過ごさなかった時間を多く残すためには、小さなことに愛を込め、意味あるものとしていかなくてはなりません。それこそが「新しい生き方」なのです。


今という瞬間は、今を先立つわたしの歴史の集大成であると同時に、今をどう生きるかが次の自分を決定するということです。人生は点のつながりとして一つの線であって、遊離した今というものはなく、過去とつながり、そして未来とつながっているわけです。

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この世に「雑用」という用はありません。
私たちが用を雑にした時に、雑用が生まれます。


自分も新しく生きたい、新しい自分になりたいと思うことがあるとすれば、
他人にもそのチャンスを与えることが大切です。


女性が、一日の間に鏡をのぞきこむ回数ほどに、自分の心をのぞきこみ、内省し、心の手入れを怠らなかったならば、どんな高価な化粧品や装身具も与えることができない美しさが、いつしかその人に備わることでしょう。
それは年とともに色あせるどころか、むしろ深まっていく「美しさ」なのです。


人生の終わりに問われるのは、
生きている間に伐った樹の数でも、種類でもない。
切り続けた斧そのものである。

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人生はいつもいつも第一志望ばかりを歩けるものではありません。
そして必ずしも、第一志望の道を歩くことだけが、自分にとって最良と言えないことだってあるのです。


どんなに忙しくても、いや、むしろ、忙しいからこそ、一日の中、5分でも、10分でも静かな時間、一見「無駄な時間」をつくらなくてはいけないのです。


人間は寂しさの中で成長します。寂しさを感じない時には気づかなかった自分の無力さと限界を知り、他人と自分の間に横たわる必然的な距離について考察するようになります。
寂しさの苦杯をなめて、はじめて、他人もまた味わっている孤独感へのやさしいいたわりの心を育てることができるのです。

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ほほえみは何の苦労もしない人、不幸、災難に遭わない人が持つ特権ではありません。
むしろ、そのようなことに出遭って後に生み出されたほほえみは自然のものより美しいですし、人の心を平和にする力を持っているのです。


水にさざ波が立ち、平静でない時、そこに写る月が歪んで見えるように、私たちの心が歪んでいる時、そこに映るすべてのものが歪んで見えてしまうのです。こだわりは心を歪めるものなのです。


もしあなたが、誰かに期待した
ほほえみが得られなかったら
不愉快になる代わりに、
あなたの方からほほえみかけてごらんなさい
実際、ほほえみを忘れた人ほど
あなたからそれを
必要としている人はいないのですから

( 「目に見えないけれど大切なもの」より )

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闇の中に置かれたがゆえに、それまで知らなかったさまざまの「明るさ」のありがたさがわかるのです。
それこそ、「当たり前が輝いて」見えてくるのです。


胃の存在が否が応でも知らされるのは、胃の調子が悪い時であり、自分に歯があると気づくのも、歯が痛いときでしかない。
ふだんはあっても無くても別段かまわないような、小指の存在の大切さは、その小指に怪我をして、顔一つ洗うのにも不自由する時に、はじめてわかるものなのだ。
言葉を換えていえば、そのものを忘れていられる時は、健康な証拠なのだ。






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